平井竜一のプロフィール



1966年 横浜に生まれる(現在57才)

1974年 逗子に転居

久木小学校に転入、1975年に学区変更のため逗子小学校に転校

将来の夢「科学者か海外特派員」

1979年 久木中学校

陸上競技部で800m・1500m・駅伝など中長距離選手

体育祭や合唱発表会などの学校行事に燃えた。生徒会活動も頑張った

1982年 県立横須賀高校 37期

陸上競技部で400m・800m・駅伝に熱中する

現在でも毎年、逗子市内一周駅伝大会に出場

この頃、逗子では池子米軍家族住宅建設計画が市を二分する政治問題となる

1985年 早稲田大学社会科学部

探検部に所属し、登山やロッククライミング、川下り、洞窟探検などアウトドアな生活

夏休みにはインド・ネパール・中国などを単身無銭旅行

米軍住宅建設問題に学生として関わる(これをきっかけに、将来、逗子市長を志す)

在学中、逗子市環境管理計画策定委員会に公募市民委員で参画

1989年 (株) ASK  PLANNING  CENTER入社

商業施設などの企画開発を手掛けまちづくりに関われる会社で社長秘書8年半

ベンチャー企業のトップマネージメントを学ぶ

大阪本社勤務の1995年、兵庫県西宮市で阪神淡路大震災に被災。翌年結婚

1997年 逗子に帰郷

31歳となり政治家をめざして退職

1998年 逗子市議会議員初当選

地盤も政治経験も資金もない中、無所属で挑み、トップ当選を果たす

同じく初当選の近藤大輔と会派「次世代フォーラム」結成。議会改革に取り組む。

以後3期連続当選し、8年半の議員活動を経て、市長選出馬のため辞職

2006年 逗子市長当選

当時40歳は県内最年少

2010年 逗子市長2期目当選

池子米軍住宅地内40haの共同使用・返還を掲げ再選を果たす

2014年 逗子市長3期目当選

逗子海岸の日本一厳しい条例でファミリービーチが復活。無投票で三選

2018年 4期目を目指したが落選し、逗子市長退任

2019年 一般社団法人 公共経営研究センター事務局長

2020年 まちづくりコーディネートセンターの活動を再開

2021年 市政刷新を願う議員・市民の要請に応えて、西東京市長選挙に挑戦するも惜敗

      まちづくりコーディネートセンター代表として公民連携コンサル事業本格稼働

2022年 一般社団法人 地域から日本を変える事務局長

 

住 所:神奈川県逗子市

家 族:妻(北九州市小倉出身) 長男(社会人) 長女(大学生) 次男(大学生)

好きな人物:坂本竜馬

好きな食物:カレーパン

好きな音楽:ビートルズ

好きな言葉:「くじけず、あせらず、あきらめず」

      (困難に直面した時、自らを奮い立たせる言葉) 

平井竜一の駅伝出場
市内駅伝大会で力走
平井竜一第九合唱でテノール担当
第九合唱でテノールを熱唱
平井竜一の政治家人生スタート
逗子市議会議員選挙で政治家スタート
平井竜一の出初式挨拶
新年恒例の出初式で挨拶
平井竜一の出馬表明会見
2020年11月26日に西東京市長選挙に挑戦することを表明